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文豪達のカフネ(藤村編)を史実と原作の観点から検証してみた






買ってしまいました、文豪達のカフネ ver.2 園原藤村編

最近島崎藤村を始め自然主義の文士たちの本を少しずつ読んでいたのですが、
島崎藤村にハマりすぎるあまり色々な媒体での島崎藤村を漁っていて、本人の著作・同時代評・研究本やらサイトやら数限りない情報を集積していた結果、ネットで偶々流れて来たこのドラマCDにも行きつきました。

始め見たときの衝撃と言ったら「何だこれは…!?(笑)」でした。
まず題材が『新生』です。
『新生』は大正8年、42歳になった藤村が、姪との近親姦を犯して子供を身籠った彼女を自宅に残して渡仏した件を作品に表し、世間に公表したことで話題になった作品。

日本の自然主義の最大の告白小説として、藤村の作家的態度の真摯さを讃える人がある一方、
モデルとなった彼の姪(島崎こま子氏)が実在していることから批判的な目を向けられた作品でもあります。

発表は大正8年前後で、当時の文壇や社会からも賛否両論を大いに食らった作品ですが、
「それを題材に乙女向けドラマCDを作ろう」という発想にまず驚かされました。
このシリーズ、狂気の末に行きつく愛…というのがテーマらしいのですが、そもそもこの事件を知っている人が果たしてどのくらいいて、そしてどのくらいの人が原作を読んでいるのか。
ビジュアルとドラマCDの要素だけを抽出して、元の『新生』を勘違いしやしないか。
また、このCDを手に取って島崎藤村=新生事件の人、というイメージが蒸し返されるばかりになってしまわないか。

そのあたりがとても気になって、情報が流れて来た直後に気になって思わずポチってしまった次第です。
自分も最近まで島崎藤村は『破戒』を書いた人くらいな認識でしたが、各作品を読み進めていくうちに『新生』にもたどり着き、そして聞いていたよりも『新生』が男の葛藤と女の情念に満ちた作であることに深い感銘を受けました。よくできている作だなあ、とも。
なので『新生』を題材に、と言われて食い付かないわけがありませんでした。
何かまんまと乗せられた!否、私は自ら波に乗った!その姿、愚かしくも自ら地雷を踏みに行く兵士のごとく。

そしてわかってはいたのですが乙女全力な作でした…所謂R-18的な。
何と言っても園原さんが喘ぐ喘ぐ…(スミマセン)これ、いわゆる女性の抜きゲーという奴でしょうか。
ただ、描かれる内容の創作性が高いため、そもそもあまり知られていないであろう『新生』と藤村の史実的な立ち位置に関心を持つ者として
思わず比較プレゼンしたい欲求に駆られてしまいました。

ということで、折角なので島崎藤村原作『新生』と史実などと、本作との違いを比較してみました。
これ、文学カテにしようかどうか悩んだのですが、語ってることが十中八九文学のことなので一応ここに入れておくことにします。

このCDを手に取ったオトメに、これは原作のパロディからさらに創作を用いたフィクションである、という認識を持っていただくと同時に原作の『新生』と新生事件について、少しでも知識を深めていただければ幸いです。

所謂ただのネタにマジレス系のお話であって、同ドラマCDの制作サークル様への誹謗・抽象等、他意はございません。

※以下、ネタバレ注意。ネタバレしかございません。
※本作の内容にはR-18要素が含まれます。18歳未満は…そもそも本作に手を出さないはず、と信じます←


〇本作のあらすじ

人里離れた地で作家として身を立て暮らす園原藤村(本作の主人公)は、12年ぶりにヒロインである姪に会う。
園原は幼いころに姪と結婚の約束をしたという思い出から、ずっと彼女を恋い慕い続けており、
やっと彼女を手にできた嬉しさから抱きしめたり、かつて結婚の約束をしたという思い出を語る。
しかし姪には既に好きな人が出来ていた。彼の語る思い出にも心当たりがない。
何のことか、と尋ねると園原は酷く取り乱しはじめ、彼女を引き受けた事実を語って聞かせるのだった。
園原の兄が愛人に金をせびられたため、金を無心してきた引き換えに、姪を引き取る約束をしたということ。
他所に売られるところを、自分が兄から引き受けたのだということ。
絶望に暮れる姪に対し、「何年待っても兄貴は迎えに来ないよ」と事実を突きつけた園原は、
彼女を無理やり手籠めにするのだった。
事が終わり、用意していた結婚指輪を差し出し、園原は「これからは旦那になるんだね」と嬉しそうな笑みを浮かべる。

自身に身の上を語る園原の様子は、一言で言えば歪であった。
結婚指輪を姪の指にはめようとするが、想像で用意した指輪は、彼女の指に合わなかった。
しかし押しはめた上で「すぐに丁度いいサイズになるから」と囁いて聞かせた。
12年前に自分からもらった枯れてボロボロの花飾りやビードロ玉を取って置いたり、兄からくすねたという姪のへその緒を肌身離さず持ち歩いていたと、本人を目の前にして語った。
また、親戚一同で撮ったという写真は、姪以外は邪魔だという理由で顔を黒く塗りつぶしていた。

共に暮らしていく中で、ある日姪は病気に倒れる。
園原に、叔母と同じ症状によってもう命が長くないということを告げられる姪。
病状が悪化する彼女を園原は看病するが、そうするうちに派閥仲間の名医に頼み、”薬局でも普通に売っている疲労がポンと飛ぶ薬(メタンフェタミン)”を彼女に投与する。
注射で一時的に快復した彼女(涎を垂らしながら悦ぶ)を、園原は再びその手に抱くのであった。

同会派の上東野(カトウノ)との会話で留守にした園原の隙をついた姪は、園原の部屋から原稿を見つける。
それは「君との回顧録」なるもので、園原が姪と愛し合った証として記しているという著作。登場人物は園原そして姪自身であった。
騙されたと感じた姪はそれを破ろうとするも、その行動は逆に園原を激高させ、薬を投与される。
薬と園原の行動によって判断力が失われていく姪。
事が終わり、落陽の時刻に目を覚ました彼女に、園原はもう彼女の病気は現在の医学では治らないこと、
そして自分も彼女が亡くなった後は後を追うことを宣言し、安心させようとする。
そして彼は姪に、尋ねるのであった。
「死にいく気分は、一体どんなものだい?」
姪の語る答えを得た彼は、最後に抱かせてほしい、と告げる。
積極的に「愛してる」と園原が連呼する中で、姪は静かに息を引き取ったのであった。

一人になった彼は、虚脱にさいなまれながら、姪の亡骸にあの日プレゼントした指輪をはめようとする。
今度は指輪が転がり落ちていた。いつの間にか、彼女の指は細くなり、指輪の方が大きくなっていた。
姪を失った喪失感に、慟哭する園原。
しかし突如笑い出すと、一人「間に合ってよかった…」と呟くのだった…

〇ボーナストラック(アニメイトオリジナル特典CD)

お揃いが好きな姪のために、自身にも薬を投与して事に励む園原。
お薬で頭のねじが緩んでしまい、ラリってるヤバい声が聴けます。声優さんの演技がスゴい。



全体としてはセックス、執着、そしてセックス、稀にタナトス。
ここまでアレな内容、推しでなければ聞いていて即逃げ出してましたが推しを見届ける執念で何とか最後まで聞けました。
園原さん怖い…
さて、ここからが解説です。

〇初めに

先に書いた通り、本作は島崎藤村の代表作『新生』を題材にした作品です。
『新生』のあらすじを少しご紹介します。

七年前に妻を亡くして今は二児の父である作家・捨吉が、自宅に手伝いに来ている姪・節子と過ちを犯し、節子を妊娠させてしまう話。節子の処遇に悩んだ捨吉は、自身を責め続けながら、彼女の妊娠発覚後にすべての自身の地位と命を投げ出す覚悟で、単身フランスに渡ることに決める。フランスで会った画家や友人たちの話を聞くうちに、節子と別れて再婚の意思を固めた捨吉は、第一次世界大戦の戦火から逃れながら、また日本に帰ってくるが、憎まれているとばかり思っていた節子の本心を知ると、再び二人の関係が再開してしまう。しかし、恋に燃え上がる節子と裏腹に、捨吉はこの関係を何とか清算せねば、ともがき悩んだ末、自身の著作に二人の関係を著すことにした。著作を発表すると、果たして捨吉の予想していた通りに社会から彼は非難され、節子も長男・秀雄に招かれて台湾へ渡ることになる。節子のいない家に一抹の寂しさを感じつつも、彼女はもう一人でやっていけるくらい立ち直ったのだ、と思い直した捨吉は、子供たちとともにまた日常へ帰っていくのであった。

こんな感じのお話。実際にはもっとぐねぐねと見どころのあるお話ですが、あらすじなのでご容赦を。

これは作者の島崎藤村自身の体験談をもとにしており、描写のズレや一部事実からは語られない点も多々あるようですが、概ね史実に合致しているそうです。この著作が発表された直後・およびその後こま子氏が1937年に『中央公論』上にその時のことを振り返った記事を公表した一連の騒動を、まとめて「新生事件」と言います。

そして結論から言うと、ドラマCDである本作と原作の共通点は「姪との近親姦であった」「藤村が作家をしている」「それをテーマにして本人が作品を書いた」という3点のみで、それ以外は全てドラマCD上の創作です。ヒロインとなる姪の設定からしてだいぶかけ離れていますし、ましてやお薬の件はそれっぽい薬の名前も出ていますが完全に創作です。


園原の愛読書である島崎藤村『新生』には実際のモデルがいます。
それは主人公・ヒロインだけではなく、その周辺人物、例えば姪の姉や父親、兄嫁も対象です。
誰がどの関係であるのかは、原作の小説を読むと大体わかってしまうということがあり(普通に原作に「~の姪で」とか「~の父で」と書いてある)、当時の文壇からも、はっきりとモデルが分かってしまう文学は、問題視されていました。

現代の読者である私からしても、一読して慣れてくると藤村の作品に登場する人物は大体誰なのか想像がつくようになりましたので、当時の人々は猶更だったと思います。(特に親戚などは)
よって、そうして具に練られた原作の『新生』からは、本作との間にはかなり大きな相違点があることが比較的簡単にわかります。

まず混乱を避けるため、以下はドラマCD=本作、島崎藤村作『新生』=原作、実際にあったこと=史実、と記載します。

本作と、原作『新生』の登場人物に共通して出てくる整理してみましょう。

 本作  :原作 :史実
・園原藤村:捨吉 :藤村
・姪   :節子 :こま子
・園原の兄:義雄 :広助(島崎家次男)
・伯母  :嫂  :あさ(広助の妻)

次にそれぞれ相違点を列挙していきます。

〇始まり・主題の違い

本作は乙女CD故、濡れ場を描写のメインに据え、事件の始まりを事件の前に設定しています。特段妊娠した様子などもありません。
が、原作は姪の妊娠が発覚したところから始まります。こちらは逆に濡れ場は一切なく、捨吉と節子がどういった経緯でそのような関係になったのか、読者にはわからずに物語が始まります。
これらの相違点は、濡れ場を主題とした本作と、告白と清算を主題とした原作の、主題の違いといえるかもしれません。

〇登場人物の設定

・園原藤村について

公式HPによると、園原藤村というキャラクタの紹介は以下の通りとなっています。


「自然主義・浪漫主義の作家で、上東野とは派閥も同じ。
自己心理や自己告白性の強い作風が売り。最近はずっと新作のネタを考えている。
地方の名家の出身で、金銭的には恵まれた環境で育った。
しかし複雑な家庭環境の所為で愛情面では非常に飢え、愛情というものがどういうものなのかまるで分からない。
故に他人の痛みが分からず、共感性に乏しい。自分にとって、価値があるかないかで物事を判断する。
貴方とは叔姪の間柄で、兄である貴方の父親により一度引き離されたものの、12年の間、ただ一途に貴方のことを想っていた。」

上3行はおおむねその通りで、史実上の島崎藤村に合致します。彼は自然主義文学者・浪漫主義文学者に数えられる一人であり、正確に言えば藤村が『若菜集』『夏草』『一葉集』『落梅集』などの詩を書いていた時代が浪漫主義文学時代、詩人から小説家に転向して以降、『破戒』に始まる“現実をありのまま示す”小説群を書いていた時代が自然主義文学者の時代となります。

次に地方の名家とのことですが、これも史実に合致しております。
島崎家は馬籠本陣で家系図にして十七代をさかのぼれるといわれており、ご先祖は居住地馬籠の代官に命ぜられ、十代目勝道の時に本陣・庄屋・問屋を兼ねるようになりました。これは村の重役的なポジションであり、明治維新後に家運が傾くまで、村における権力は大きなものだったようです。
「複雑な家庭環境」は、藤村が9歳の時に父に都会で学ぶように言われたことから、姉夫婦宅に預けられたり、その後姉夫婦の友人宅に預けられたことと考えられます。

一方で、後半2行の「兄である貴方の父親により一度引き離された」「12年間~」の件は、後述の通りそもそも顔を初めて顔を合わせるのが史実上では藤村が妻を亡くした後ですので、こちらは創作となります。

・姪は事件後も生きている

作中の叔母さんと同じ病気を患っている、というのは本作の創作であり、原作の節子・史実のこま子氏は、心身健康な状態で叔父宅に来ます。
また、本作中では姪が亡くなったことになっていますが、上記の『新生』あらすじの通り作品内の節子も生きて台湾に逃れましたし、史実上の姪こま子氏も同じく存命しており、その後昭和54年までその生涯を全うしました。病気の要素がないのでこの辺りは当然といえば当然ですね。
原作の節子は、一時期捨吉がフランスに逃れていた時に患った描写がありますが、帰朝後に回復しました。
節子ではなく、嫂が患って亡くなるシーンは原作でも存在しています。ヒロインの姪の病弱設定はそこから着想したのかもしれません。

・舞台設定

本作の園原は「人から隠れた遠い場所」に住んでいるようですが、史実の藤村がこの時期住んでいたのは東京浅草新片町であり、明治文化の香りが残る花街でありました。
また史実ではこの時期には既に前妻・冬子氏の子供(2人)がいたため、創作に集中するために静かな場所を選んでいた、という理由はフィクションです。

・姪の好きな人…?

原作では叔父捨吉宅に訪れた節子に思い人がいた様子はありません。
また私が確認した限り、史実でもそのような人物がいたという話は聞きません。

・「俺は男兄弟だし」

史実の藤村には、幼少期から大変お世話になった姉に、長女のその氏(長女)がいます。
藤村作『家』『涙』『ある女の生涯』等にもたびたび登場する重要な人物であり、夭折した兄弟を除いての紅一点ではありましたが、男兄弟と言い放つには存在感が大きいです。

・兄貴はそんなにひどい奴ではない

本作では、園原の兄は「女遊び等で愛人に金を貪り取られ、園原に無心をする代わりに自身の子を売り渡した」ことになっています。また、そんな兄を園原はひどく嫌っているようです。
史実上では、藤村の兄・次兄の広助氏と藤村の仲互いが始まったのは、新生事件後のことであり、それまでは二人は長男・秀雄氏の投獄等により傾いた家系を経済的に支える仲でした。広助氏は住居である木曽路の山林問題(※)の解決に尽力し総代として活躍するなどした人物であり、藤村のもとに姪こま子を手伝いにやったのも、その目的は純粋に男手一筋で合った藤村の活動を支えてやることでした。よって、本作の「弟から金と引き換えに娘を引き渡した」というのも創作です。

※政府によって木曽路の民有林も、官有林に定め無償で取り上げようとした事件。当時の木曽路周辺で暮らす人々は山林に頼って生活をしていた向きが強かったことから、これは人々にとって致命的な損失となりえた。

当初はこま子氏の姉(久子氏)も同時に藤村宅に手伝いとしてやってきていましたが、姉は自身の結婚を機に藤村の家を離れていきました。

・年齢設定と呼称について

本作の園原は、自身を「お兄ちゃん」と呼ばせたりできるくらい年齢が姪と近いようですが、
史実の藤村はこの事件が起きたときは既に42歳であり、一方姪のこま子は20歳という年齢でした。
年齢が二回り近くも違うので、とてもお兄ちゃんと呼べるような年齢ではありません。
また、二人が出会ったのは兄に言われて手伝いに来たあとですので、園原がこだわる幼馴染の過去も、ドラマCD独自の設定です。

〇作中で登場する薬(メタンフェタミン)について

史実の藤村も、原作の捨吉も、メタンフェタミン(≒ヒロポン)を利用していません。
ヒロポンが一般に流通するのは1945年以降の二次大戦後からといわれており、藤村は1943年に71歳で他界しているため、新生事件そのものの時代からも藤村が生きていた時代からも少しずれます。
また、同会派の名医に薬を貰う話がありますが、藤村の交流範囲は文壇から狭く、私が確認している限りで医者をやっていたという人物は聞きません。

〇「死に行く気分はどうだい」について

このセリフ自体は史実にも存在しますが、これを言った相手は姪ではなく、藤村の友人の田山花袋の死に際してとなります。
実際のやり取りは、東京朝日新聞に昭和五年五月十四日に寄せられたものであり、該当箇所を一部引用すると以下の通りです。

「田山花袋との最後の對面」
十一日の午後私が病床を見舞ふと花袋君は大変喜び「もう自分も死を覚悟しなければなるまい、時の問題だ」といふので
田山君も生とか死とかいふことに就いては随分考へた人だから「この世を辞して行くとなるとどんな気がするかね」と問ふと
「何しろ人が死に直面した場合にはたれも知らない暗い所へ行くのだから中々単純な気持のものぢやない」といつて居ました、
(後略)

(『藤村全集』 十三巻より引用)

文壇の逸話としては、”死に際の人間への冷たい問いかけ”として有名ですが、本文を見ればわかる通りその真意は、田山花袋との真理を追究するもの同士の哲学的な対話であるといえます。
本作は問いかけの相手が花袋ではなく姪である上、尋ねた園原は飄々としていることから、本作の解釈は前者を採用しているようです。

〇『新生』は本人の了解を得ずに書かれたものか

本作には「愛の回顧録」として突然姪の前に提示されて、騙されたと感じて反発した姪がそれを破り捨てようとする描写がありますが、原作では『新生』の執筆経緯および姪へ了解を取る様子も描写されており、本人の了解を取らずに書かれたものではありません。
またそもそも『新生』は愛を記すためというよりは、寧ろどうしても断ち切れない二人の関係を世間に公表することで清算しようする目的の方が強く、一人よがりに自分と姪の関係を書き連ねただけ、とする本作とはまたニュアンスが異なります。

さらに『新生』の公表について、史実としては姪・こま子氏が以下の通り証言しています。


「叔父と一緒に生活してみて、表からはわからない、作家の苦悩の烈しさというものを、私は身にしみて知りました。作品が書けず、二日も三日も苦しみぬき、呻き声をあげている叔父のみじめた姿を、よく目にし、耳にしました。あの『新生』を書こうとした時の叔父の苦しみは、それはもう大変なものでした。この作品が発表されれば、自分や私を殺すことが予想されるからでありました。でも、もって生まれた叔父の作家魂といいましょうか、頑固なまでに信仰者的良心的でもあった叔父は、どうしても書かずにはおられない、それには女の私を犠牲にするので、私へのはばかりも多かったと思われます。そのような叔父の苦しみを目の前にしておりますと、私は、もうとても黙ってみすごすことができなかったのです。もし『新生』を書くことで、身を刻むようなこの苦しみから、叔父が抜け出すことができるならば、私はどんなになってもかまわない。私は、そんな気持で叔父に書くことをすすめたのです。発表の承諾などというような、ありふれた取り引きではなかったのです」
(1998 国書刊行会 島崎藤村コレクション3 『藤村をめぐる女性たち』 伊藤一夫 より)

長く引用しましたが、『新生』については史実-原作間でも空白が見られ、その発表の承諾は著作で見られる以上に複雑です。
個人的には、当事者のこま子氏本人のこの証言が一番近いのだろう、と思っています。

〇園原の執着心

本作の姪への執着は、史実・原作いずれにも見られない内容です。
結婚の約束や肌身離さず持っていたへその緒・顔を塗りつぶした写真等がフィクションであるのは言うまでもありませんが、そもそも史実の藤村も原作の捨吉も、姪に対して執着心は抱かず、一部には突き放すような書き方さえ見て取れます。
文学ではなく、乙女CDですので、やはりこの辺りはうまく創作されていると感じた点です。
あと結婚指輪という概念は1960年代ごろに一般に広まった程度であって当然、事件の舞台になっている大正時代にはありません。この辺りは何となく想像がつくかもしれませんが…

;個人的な感想;

とりあえずこれだけ相違点があるので園原さんが何かしゃべるたびに大変笑いました。
特に「お兄ちゃん」とへその緒のくだりは聞いていてむずむずして仕方がありませんw思い出すたびに笑ってしまいそうです。
40代と20代の濃厚な文学を嗜んでいたところ突然「お兄ちゃん」が出て来た時の心境や、思い至るべし…といった感じです、このライトな感じが大変ツボに入ります。二次創作(?)の醍醐味ですね。

史実と著作は想像の通り重いものです。セックスの描写は一ミリもありませんが、妊娠出産の苦しみと、そこへ愛した人がいないというさみしさ、男と女の恋愛のすれ違い、捨吉の思い悩む様子などなど、やはり人間模様であるため、人の動き・心理の描写という点については読んで糧にする意義は大いにあると思います。初めて愛した人が血縁者だったら、とかその人と子供をもうけてしまったら、など、大変リアリティがあって、考えさせられる部分があります。
萌えCDの創作上の事実であったという点も重いですが、このようにいろいろ知っていくと興味深いことがあるので、気になったら原作をお読みすることもお勧めしておきます。
(本当を言うとこの作品を読む前に『春』や『家』を読んでおくのがお勧めです。ただし一作一作が長いので無理しない程度にご興味があればお読みください)


青空文庫 新生
http://www.aozora.gr.jp/cards/000158/files/843_14595.html


あと島崎藤村の文学を嗜むものとしての極めて個人的な意見ですが、このCDの園原の行動=実物の島崎藤村の行動、とは決して勘違いなさいませんよう、お願いいたします。思いつくだけでこれだけ著作とも史実とも乖離しておりますし、注意書きにも「実際の人物とは関係ありません」とありますので、そこだけはどんなにライトな乙女たちにもそれだけはご理解いただきたいところです、特にお薬関係は勘違いされると根も葉もない噂がついてしまいそうなので、為念。。
ご一読ありがとうございました。

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