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その時、時計が動いた

日記帳・感想など

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父の誕生日。

今日は父の誕生日でした。

最初、父はウナギが食べたかったらしく、ウナギ屋に行こうとしたのですが、私が帰ってきたのが遅かったのと、弟を塾に送らなくてはならなかったのと、母がたまたま通りかかった弟の同級生の親に仕事の鬱憤を晴らすかのごとく弟の転校騒ぎについて語りまくっていたので、近所のうなぎ屋が閉店してしまいました。

私たちの町でうなぎ屋と言えば、その店しかなかったので、父はうなぎを諦めなくてはなりませんでした。他の場所は遠くて、車を走らせても閉店してしまっているでしょうし、吉野家の鰻丼では誕生日なのだからあんまりなのではないか、ということからです。

そこで父は町内のイタ飯屋に行くことにしました。そろそろその店は開店してから一年になるそうですが、未だに父は立ち寄ったことがなかったからです。しかし不運なことに、今日に限ってそこは混んでいました。時間が遅かったせいもあるかもしれません。何せそこに行ったときにはすでに8時を回っていたのですから。

本当にどうしようもなくなったので、とりあえず当てもなく車でぶらぶらしていると、父が一言言いました。

「そういえば、あの店には行ったことなかったな」

父が考えていたのは私もバスで帰る度に見かけていた店でした。アスファルトで固められた地方都市の一角に不意に出現する、鄙びた空間。周囲を竹や柳の木で囲まれ、褐色の壁面に覆われた店内が、堅固な様子を保ってそこにそびえている、異質な雰囲気の漂う店。料亭のような店構えは決して人が入りやすいとは言いがたいものです。

私自身、よく見かけてはいたものの、入ったことはありませんでしたし、あまり人がいる様子もなかったので「こんなので儲かるのかな?」と不思議に思っていました。周辺の店に飽きるとちょっとマイナーな店を探したがる、食の開拓化である父は、今度はそこに目をつけたのです。

実際入ってみると、中は和風料亭のような感じで、完全個室制でした。履物を脱いで店内に入ると、薄明るいオレンジの照明がカウンター席の後ろの大きなテーブルをぼぉっと映し出し、左手の障子の仕切りを明るく照らしていました。仕切り戸の中は掘りごたつのようなお座敷で、母と私は父に向かい合うようにして座布団に腰を下ろしました。

料理に一品物がほとんどなかったので、私たちは三人で同じ懐石を食べることにしました。本来ならば、懐石料理はゆっくり時間をかけて食べるものです。しかし、今日は弟を塾に迎えに行かなくてはならなかったので、私たちは料理を9時10分に食べ終われるように出してくれと頼みました。

程なくして一品目が出てきました。茹でたエビとモズクとオクラを絡めた、見たことのない料理でした。花を模ったニンジンの上にわさびが乗っていましたが、私は苦手なのでそれ以外を食べました。初めての料理なだけに何だか例えようもない味がしましたが、懐石料理の前菜のようなものだったので、しつこい、という印象はありませんでした。

二品目はハモのお吸い物でした。私はハモの存在は知っていたものの、実際食べるのは初めてだったのでどんな味がするのか少し興味がありました。料理番組で料理人がハモを捌いている姿を見ると、「ハモって歯ごたえありそうだなあ」などと思っていたのですが、いざ食べてみると身が解けるように柔らかく、魚と言うよりはどちらかというとすり身に近いような味がしました。上に赤いどろりとしたものが乗っていたので、私はそれをケチャップだと思って食べていたのですが、後々父が言うには、それは梅酢だったようです。

三品目、四品目と続々と料理が出されましたが、私たちはその間に、旅館に泊まったときの夕食に出てくる、なべを煮立てるようなコンロで大量のねぎと、豆腐をくぐらせていました。メニューを見た限りだと、その店はどうやら和風料亭の中でも特に豚シャブを扱う店だったらしく、懐石料理コースにもピンク色の脂身の少ない豚肉が添えられていました。

私はネギと豆腐に味がつくのを待ちながら、鮎の焼き物と刺身、そしてさらに出てきたマグロの赤身の握りを食べていました。
ずいぶん前、おそらく小学校くらいだったと思いますが、私は鮎を食べたことがありました。しかし今日の鮎はそのときと比較して少し小さめの体だったので、あまり食べた気がしませんでした。寧ろ鮎とはこんなに食べづらいものだったか、と思ったくらいです。
お刺身はイカと鯛が舌でとろけるように消えていったのに対して、ホタテは生暖かさが残るねっとりとした味でした。マグロの赤身の寿司も握り方とわさびの利き方が上手い、と思いましたが、ネタ自体は一番上等、というわけではなく、「なかなか」といえるほどのおいしさでした。

その後はユバの天ぷらが出てきました。添え物のナスと獅子唐の天ぷらが思った以上に味わい深く、やはりこういうところは何を作ってもおいしいんだな、と思いました。メインのユバの天ぷらは、おでんの中に入っているガンモのような味がしました。しかし父も言っていましたが、ユバとガンモは共に原材料が大豆なので、味が似ているのも当然でした。しかもこのユバの天ぷらには、細かい野菜が入っていたり、味付けが甘辛い汁であったりと、ガンモと共通して作られる部分が多かったようです。

最後に出てきたお茶漬けをすすりながら、私たちはほとんど同時に薄い豚肉を鍋の中に浸しました。しばらくすると火の燃料が尽きてしまったのですが、豚肉は予想以上に火のとおりがよく、鍋の余熱だけでも十分な熱を含ませることができました。先にとっておいたネギと一緒に豚肉を食べたのですが、これがまたおいしいことと言ったらない。噛めば噛むほど汁の味と豚肉本来の旨みや脂が口の中いっぱいに広がり、おのおのバランスを保って深い味わいをかもし出しているのです。
また、お茶漬けの方も、ほとんどシソやたくあんを食べられない私が、全部食べられるようなさっぱりとした後味を残していました。豚肉を味わったあとにお茶漬け、というと「何ともアンバランスな印象があるかもしれませんが、とんでもない、逆に前後に食べ合わせることによってお互いの味が引き立つような役割をしていました。

懐石料理というと、全体的に薄い味付けがなされているのですが、今回も例に漏れないような味でした。しかし、それこそが懐石料理の真骨頂。薄い味付けでもお客を放さない、飽きさせない、「また食べに来ようね」とうならせることができる――そんな料理でした。

最後に、黒蜜入りのところてんがでてきました。普通のフォークをそのまま2つ重ねたような珍しいフォークでところてんを絡ませながら食べるのだそうです。黒蜜の中にとっぷりと姿を埋めているところてんの上には、ほんの少ししょうがが乗っていました。私はやはりしょうがも苦手なので「どうしてこんなのが入っているの?」と母に尋ねると、「さわやかになるんだ」と答えられました。取り除くこともできそうになかったので、意を決してところてんをしょうがごとかき混ぜたのですが、口にしてみるとこれが確かにさわやかな口当たりで悪くない。同時に出された抹茶と食べ合わせると、甘みとさわやかさ、それにほろ苦さが加わって何ともいえない絶妙な深みを感じることができました。

私たちは大いに満足して店を去りました。仕事で疲れていた母は「仕事が一段楽したらまた来よう」といっていました。帰ってくるまで、私は初めての抹茶の余韻に浸りながらぼーっと夜の畑を眺めていました。お風呂に入らずして入ったような気分でした。満腹感とはまた違った、味の楽しみに父の誕生日の幸せを感じました。


……何だかあまり最近文章を書いてなかったからリハビリがてらに日記を書いてみた。
目指したのは小学生が書いたような原点復帰。ある意味できてる、のかなぁ?

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